MAMEBOOKS blog

 こんにちは。2010年から「移動式古本屋」として活動しています。
 じぶんが読んだ好きな本だけ並べて話して売っています。
 詳しくは↓で。
 http://mamebooks0115.jugem.jp/?eid=369
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    とある銅像のはなし|伊勢佐木モールの佐藤忠良
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      街のあちこちに銅像や彫刻がある。公共のアートと言われれば確かにそうだけれど、普段はまるで気にも留めない。作者は誰か、タイトルはなにか。それ以前に彫刻がなにであるかすら見ていない。ポーズはどんなで、意図はなにか。まるで知らない。気にも留めない。

      その道はわたしの馴染みの道。行きつ戻りつ幾度も来た。銅像があることは知らずにきた。見てたかもしれないけど視てはいなかった。

      この頃わたしは佐藤忠良さんにはまっている。といっても、彫刻家として知られるその人の「絵」にはまっている。自ら「デッサン魔」というほどのその人は、旅で、アトリエで、無数のデッサンを遺している。

      その日わたしは借りていた本を図書館へ返した。佐藤忠良 素描集。B4型の大きな二冊は、たぶんわたしの忘れ得ぬ本になる。

      その日わたしは頭痛がしていた。鈍い偏頭痛に気づいたのは高校生の頃で、考えごとか悩みごとか、ともかくそれらの何割かには、頭痛のおまけが付いてまわった。

      その日わたしは確かに思った。その道を歩き、強く思った。「決めた」というと語気が荒いが、確かにそうした感触があった。今すぐでなくとも、少し先でも。そうしよう、そうしていこう。そうして自分に頷いた。鈍く痛む頭とともに。

      その日わたしは足をとめた。おそらく初めて足をとめた。経た歳月を思わせるそのブロンズ像は、ポーズを取り首を寝かせた女性だった。なぜだか今日はそれに惹かれた。歩を戻ししゃがみ台座を見る。「若い女」とそこにあった。「あ」と思ったのは作者名で、そこにはひっそりその名が待ってた。佐藤忠良。1978。

      あることを決めるとあることが惜しくなる。わたしにはすでに芽生えていた。名残惜しさに似た感覚。正対したまま数歩下がり、離れてそれをしばし見つめた。横に廻って目線を向ければ、像の向こうから西日が差した。

      わたしはたぶん忘れない。そしてまたこの道を通る。幾度も歩いたこの道へ来る。なんの感慨も想い入れもなかった道に、気づけば情が芽生えている。

      わたしはたぶん忘れない。あの商店たちを向こうにして、西日が差して眩しく光る、あの銅像と居た時間を。

      伊勢佐木モールの佐藤忠良。出逢えずにいた作家と出逢う。そしてわたしはまた会いに行く。2016年2月9日、わたしの午後のことでした。



      | 日記 | 22:10 | comments(0) | - |
      観ました|映画『放浪の画家ピロスマニ』
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        とある絵描きの物語。グルジアという小国の、路上に生きた画家のお話。

        映像はラフで簡素で、ある見方に立ったなら、おそらく多分に「説明不足」です。違う見方に立ったなら、その豊かな「間」が「彼」の心情や風景をより一層想像させます。

        商売に不向きで、金を欲しがらず、人々の「普通」に染まらず、酒場を歩き「新しい絵なんてどうだい?」と声をかけ、酒を飲みパンを食べ、狭く冷える床で眠る。

        「孤独」が沁み入る映画でした。彼が持っていたであろうその孤独に、色んな角度から胸がキュウっとなりました。




        映画「放浪の画家ピロスマニ」は、グルジア(ジョージア)の独学の天才画家二コ・ピロスマニ(1862-1918)の半生を描いた作品である。近年、彼は貧しい絵描きと女優の哀しい恋を歌った『百万本のバラ』のモデルとしても知られている。名匠ギオルギ・シェンゲラヤ監督は、名も知れず清冽に生きたピロスマニの魂を、憧れにも似た情熱で描くとともに、グルジアの風土や民族の心を見事に映像化した。1969年に制作された本作は、ピロスマニの絵に似て静謐で美しく、国際的にも高い評価を受けた。1978年の日本公開時には多くの観客を魅了し、その感動は今でも語られることが多い。公開時はロシア語版のプリント上映だったが、この度はグルジア語のオリジナル版でデジタルリマスター版による待望の再上映となる。

        ピロスマニの本名は二コロズ・ピロスマナシュヴィリ。19世紀後半から20世紀初頭にかけて、コーカサス山脈の南にある国グルジアで、日々の糧とひきかえに店を飾る絵や看板を描き、そして亡くなった。絵は人々の暮らしや人物、動物、風景など、グルジアの風土に育まれた世界を独特の素朴な筆致で描いたもので、その数は1000点から2000点といわれている。死後に高く評価され、現在はグルジア人の魂を象徴する存在として人々に愛されている。世界中で展覧会が開かれているが、日本でも1986年に大々的な展覧会が催され、2008年の「青春のロシア・アヴァンギャルド展」でも展示されて話題になった。
        ギオルギ・シェンゲラヤ監督は1937年生まれのグルジアを代表する映画人。本作に続いて「若き作曲家の旅」(1984)、「ハレバとゴーギ」(1987)も日本で公開されている。兄はエルダル・シェンゲラヤ監督(「青い山」)。父はグルジア映画の父といわれる二コロズ・ジェンゲラヤ監督、母は大女優ナト・ヴァチナゼという映画一家の出身である。ピロスマニを演じたのは、本作の美術も担当している画家アヴタンディル・ヴァラジ。彼はグルジアを代表する芸術家であり、ピロスマニの寡黙でナイーブな内面を見事に演じている。

        【STORY】

        19世紀後半のグルジアのチフリス(トビリシ)。幼くして両親を亡くしたピロスマニは長年世話になった一家を離れ、流浪の生活をはじめる。友人と乳製品の店をひらき繁盛するが、間もなく仲違いをして破綻、故郷の姉がもってきた縁談もこわしてしまう。やがてピロスマニは店の看板や壁に飾る絵を描きながら、放浪の日々を送るようになる。庶民はそんな彼に一目置いていた。しかし酒場で見初めた踊り子マルガリータへの報われない愛は、ピロスマニを孤独な生活へと追い込んでいく。第一次世界大戦、そしてロシア革命前夜のチフリスを、彼は一杯の酒を得るために、画材をかかえ居酒屋を渡り歩くのだった。ある日、彼の絵がこの地を訪れた芸術家の眼にとまり、一躍、中央の画壇に注目されるようになる・・・。


        | 日記 | 19:54 | comments(0) | - |
        旅のおともの本たち
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          袋井 - 倉敷 - 尾道 - 広島 - 宮島 - 岡山 - 静岡と、青春18切符で旅しています。

          ▽尾道生まれの作家 高橋源一郎さんのルポルタージュ作『101年目の孤独』- 往路時 静岡駅戸田書店で購入

          ▽旅前に展示を観た 牧野伊三夫さんの『僕は、太陽をのむ』- 表参道HBギャラリーで購入

          ▽倉敷「蟲文庫」さんで買った3冊:佐藤忠良さんが絵を描いた『もりはおおさわぎ』、思い入れ深い『てんぐのかくれみの』、八木重吉さんのことを書いた『琴はしずかに』を旅前に読み終えたところだった吉野登美子さんの『わが胸の底ひに』 - 旅の途中の気分も影響しているでしょうが、3冊ともに一期一会的なものを感じています

          ▽アンドリュー・ワイエスをもっと好きになるきっかけをくれた『はじめて読む芸術家ものがたり』シリーズの1作目「マルク・シャガール」- 広島駅地下街古本市で購入

          ▽宮島に暮す「人」を丁寧に綴った自費出版冊子『ななづくし』- 宮島「酒と器 久保田」で購入。本の向こうに人が見える素晴らしい冊子です。

          ▽そして、新春の課題図書的なものになった『ソフィーの世界』- 旅前に手元にきました

          2015年の終わりから2016年のはじまりをともにしている本たち。きっとこれからこの本たちを見る度に、この旅のことも思い出してゆくのだと思います。本という名の旅の友だち。

           
          | 日記 | 10:08 | comments(0) | - |
          『牧野伊三夫展 HB no.14』
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            見に行きました。表参道HB Gallery。

            ぼくが牧野伊三夫さんを知ったのは、おそらくフリーペーパー『雲のうえ』によってでした。

            今回の展覧会では、以前に朝日新聞web版で目にして気になっていた絵(映画『ラスト・ショー』のひとこま)も見ることが出来ました。


            (私の描くグッとムービー)牧野伊三夫さん「ラスト・ショー」|朝日新聞デジタル


            最近刊行された画文集『僕は、太陽をのむ』(四月と十月文庫 6)、飛騨産業株式会社の2016年カレンダー「木のはなし」(牧野さんが絵を担当)、さらには『小石川植物園スケッチ会』11号まで購入し、それはそれは満足しました。



            牧野さんという「人」についてほとんど知りませんので、『僕は、太陽をのむ』を読み進めるのがとても楽しみです。読み終わったあと、その「絵」にまた近づけるような予感があります。

            しかし、、、表参道の喧噪に馴染めず、いそいそと馬車道まで出て勝烈庵 → 十番館と贅沢コースを自分に許してしまったのはここだけの秘密です。

            ああ、散財。。

            ▼HB Gallery
            http://hbgallery.com/schedule/index.php
            ▼『四月と十月文庫6 僕は、太陽をのむ』|港の人
            http://www.minatonohito.jp/products/178_01.html

             
            | 日記 | 22:23 | comments(0) | - |
            孫一さんと勝一さんと父の北海道
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              ぼくが生まれるそのもっと前、20代の父は北海道まで自転車で行ったり、バス・電車・ヒッチハイクで道内を一周したり、それはそれは多いに放浪を楽しんでいたそうです。

              父27歳で兄貴(ぼくの3つ上)が生まれてからは、郷里の地である綾瀬にどっぷり定住。気づけばあれから40年以上。

              父 65歳の誕生日にこちらを贈りました。

              孫一さんのは1962年、勝一さんのは1959〜1962年の記録。それぞれ、父が何度も行った礼文島のエピソードも収録されています。さて、父はどう読むのでしょうかね。懐かしさか、思い出か。それぞれの旅と父の旅。底に沈んでた記憶が蘇ったりしたらいいな。

              いつか父が死んだとき、この本はまたぼくに還ってくるんでしょうね。そう思うと、出し惜しみなく父に本を贈れますね 笑





              | 日記 | 13:35 | comments(0) | - |
              ポストカードをつくりました
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                本のことではないのですが、このたびポストカードを作成しました。ぼくが描いた絵のポストカードになります。ちょっとつらつらと書いてみます。

                2015年。福岡 長崎 大阪 神戸に行った8月、そこから帰って国会前や新横浜に行った9月、安保や平和のことに思いをめぐらせ、見て、歩き、聞き、感じ、わかって、わからなくて、もやもやしてもやもやして言葉にならないことがたくさんたくさんありました。想いはあれど、言葉に出来ない。

                はて、絵を描くひとってどんな気持ちをそこに込めているのだろう? 絵を描くってどんなことだろう? ふとそんなことを思い、大人になって初めて絵を描いてみました。それがぼくにはとてもおもしろい体験・発見となりました。お調子者よろしく、「絵、いいじゃーん!」と言ってくださる方の明るい気流にそのまま素直に乗っかり、また描いて、また描いていきました。

                自分の好きなものを人前に出してみること。これが結構ぼくのテーマなのです。

                (自分が読んだ好きな本だけを並べている)MAMEBOOKSでもそうなのですが、最初は、というか今でも「恥ずかしいなあ」「いやいやいやいや…」という感覚がもちろんあるのですが、それにも増して、誰かにそれを見てもらえること、気に入ってもらえるかもしれないという可能性がそこに僅かでもあることに、わくわくとどきどきを感じています。

                先日のBOOK PICNICの出店時からポストカードも販売していたのですが、知人や友人、まったく知らない方もこれを手に取って見たり、あろうことかお買い上げくださる方もいて、嬉しく驚き、驚き嬉しい瞬間を味わうことが出来ました。

                「いいじゃーん!」の声をくださった方に心から感謝を申し上げます。それはあなた。あなたが照らしてくれたことが、「またやってみる」ひとつの栄養になりました。ありがとうございます。

                ポストカードは全5種、1枚150円です。今後の出店にも持って行きますし、お会いした際にお声がけいただいても嬉しいです。

                ※原画をポストカードにしてくださったのは「うさぎとかめデザイン室」の荒澤文香さん。素晴らしいカタチに仕上げてくださり、心から感謝申し上げます。ありがとうございました。

                ※※絵を描くといつもインスタグラムにアップしています。

                | 日記 | 21:31 | comments(0) | - |
                『没後10年「長新太の脳内地図」展』を観てきました
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                  横須賀美術館に長新太さんの展覧会『没後10年「長新太の脳内地図」展』を観にいきました。

                  電車とバスを乗り継いで着いた横須賀美術館は、行った甲斐のある広々空間。『おしゃべりなたまごやき』(実はこの絵本には新旧2つの絵がありました)や、たくさんの絵本の原画に出逢うことができました。

                  なにより、ぼくは長新太さんのことをいくつかの絵本でしか知らなかったのですが、人としてとても魅力的な、おもしろい方だと知りました。創作や考えの根っこにアニミズムがあること、ナンセンス、イマジネーション、「快」、そして漫画的背景、ユーモア。

                  行って見て、初めて知る世界がありました。いやあ、よかったです。長新太さんの絵本、集めてしまいそうです

                  そしてそして、「漫画家 長新太さん」(長新太さんは31歳で絵本を描くまでずっと漫画家だったそう)が描いていた線が、ぼくはすっかり好きになってしまいました。


                  ミュージアムショップで購入した『がんまとえへの漫画』から

                  展覧会は11月3日までですよー。

                  ◆没後10年「長新太の脳内地図」展|横須賀美術館
                  http://www.yokosuka-moa.jp/exhibit/kikaku/1503.html

                  | 日記 | 14:24 | comments(0) | - |
                  考えごとメモ「わたしたちはわたしたち自身をどこまで許容できるか / 罪を憎んで人を憎まず / この社会でともに」
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                    「彼は一度も人に愛されたことがない人なのだろう」という「声」を見ました。

                    東京の地下鉄構内で、ベビーカーに乗ったこどもに対し男性が暴力をふるうという事件のあったその日、わたしはそれを見ました。ツイートだったかもしれません。わたしはなんだか嫌な気持ちがしました。その「声」に共感できないというだけでなく、嫌な想いに触れた気がしたのです。

                    前提として。暴力を働いた男性の行為は認められないものです。非人道的で、なんとも狭量な行為だと思います。それ相応の罰を受けるべきと考えます。そしてまた、被害にあわれたこどもとそのお母さんが感じられた恐怖を思うと、なんとも胸が詰まります。(想像の域を出ませんが、)もしそれがわたしの妻と子であったら…と巡らすだけで、言葉にならない想いが胸に生まれます。

                    そうではあるとしても。

                    誰かの環境、生い立ち、境遇を詮索することを、あまり気持ちの良いものと思えないときがわたしにはあります。人は環境を選べます。そしてまた、人は環境を選べません。もし仮に、「彼は一度も人に愛されたことがない人なのだろう」という想像(妄想)が「真」だったとして、それは彼のせいなのでしょうか。彼の「非」なのでしょうか。(飛躍と言われてしまうかもしれませんが)突き詰めていけば、わたしは、それは「社会」のせいだろうと思うに至ります。

                    もし仮に「彼は一度も人に愛されたことがない人なのだろう」という想像(妄想)が「真」だとしたら、わたしたちに出来ること(出来たこと)はなんで(あったの)しょうか。彼を「かわいそうな人」として切り捨てることでしょうか。そうではないだろう、とわたしは思うのです。

                    もし仮に「彼は一度も人に愛されたことがない人なのだろう」という想像(妄想)が「真」だとしたら、わたしたちには、彼を抱き締めることこそが必要だったのではないでしょうか。この考えは、あなたに同意してもらえないものかもしれません。「きれいごと」と言われてしまうかもしれません。

                    くりかえしになりますが、わたしは罪を憎みます。彼がしたとされる行為は犯罪で、厳しく罰せられるべきものです。わたしたちの社会では、そのために法があります。けれども、わたしはわたしの「希望」として、なるべくならば「人」を憎みたくありません。


                    少し迂回します。
                    ある想いが、このところむくむくと胸のなかで育っています。それはこのようなものです。

                    《話して「わかり合う」ということは、「手を繋いで歩く」だけが正解ではないと思います。互いの存在を認めたうえで、少し離れ、距離をとってそれぞれに歩く。それも「わかり合い」だと思っています。》


                    もう少し遠回りします。

                    2011年3月11日からの日々で、わたしたちはいくつものトピックに向き合ってきました。好む/好まざるとに関係なく、向き合わねばならない瞬間がそれぞれにあったことと思います。それはたとえば、原発、放射能、再稼働反対、ヘイトスピーチ、従軍慰安婦、安倍政権、そして安保法制などなど。

                    それぞれのYesとNo。本当は「二分」ではなく、100人いれば「100分」あるはずなのに、わたしたちはその都度「二分」され、あるいは、二分しているような錯覚を抱いてきたように思います。そして、自分と「同じでない」意見を「正しくない」と「判断」し、遠ざけ、拒否してしまったことも多かったように思います。

                    たとえば安倍首相のような態度ではなく、わたしたちは、どうあれ、それがたとえ自分の考えと違ったとしても、(自らの「声」と同じものとしての)「小さき声」に耳を傾け、それが「ある」ことを知り、そしてそれらと「遠い距離間があったとしても」「一緒に生きている」ことを感じる必要があるように、わたしは思うのです。


                    くりかえします。

                    暴力を働いた男性。その行為は認められないものです。非人道的で、なんとも狭量な行為だと思います。彼がなぜそれをしたのか、わたしにはわかりません。けれども、わたしたちが暮すこの社会に、少ない数だとしてもそうした人がいるという事実は、認めなくてはいけないと思うのです。

                    行為や罪は憎む。しかしながら、彼の出自や生活や環境を責めることは、わたしたちの社会の一部を責めることと同義になるのではないでしょうか。言うまでもなく、わたしたちの社会はわたしたち自身が作っているものです。「わたしたち自身」には、どんなに思想が相容れない人でさえ含まれているし、含まれなくてはなりません。

                    「彼は一度も人に愛されたことがない人なのだろう」と詮索することは自由です。わたしはそれを好みませんが、もしそう思うのならば、そこからさらに進みたいとわたしは思います。「なぜ社会は、一度たりとも彼が愛される機会を作り得なかったのか」「なぜわたしたちは、彼を一度も抱き締められなかったのか」。


                    2015年。わたしはここでもう一度「他者」を意識したいと思います。他者がすぐ隣に「居る」こと。

                    満員電車で隣合わせになりなぜだか嫌悪を抱いてしまう人、深夜にうるさくする上の階の住人、曜日が守られず荒れてしまったゴミ出し場、自分には解らぬ信仰や政治思想を持った人。

                    ウェブ上で公然と人に「死ね」という人、安保法制に「賛成」の人、「 デモになんか行ったってなにも変わらない」とあえて口にする人。

                    それらの「他者」が、この社会の同じメンバーであること。様々な領域で、自分と異なる「他者」が、わたしやあなたのすぐ隣で息をしていること。そして。その誰もが、わたしやあなたと等しく、この社会のメンバーであること。

                    今だからこそ、もう一度噛み締めたいとわたしは思うのです。


                    | 日記 | 21:48 | comments(0) | - |
                    2015 夏から秋
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                      2015年、なんだか長い夏でした。

                      濃い日々でした。

                      「平和」 について、
                      ぐるぐる頭をめぐらせました。

                      ぼくはまだ、
                      凝り固まらずにここにいます。

                      いろんなひとと出逢って話して、
                      今を伝え合いながら笑って笑って、
                      そうしてずっと生きていけたら。

                      そのアクセントに本もあれば。

                      ひと段落の、この数日。

                      ようやく秋のはじまりを感じています。

                      引き続きのお付き合い、
                      どうぞよろしくお願い申し上げます。


                      知らぬ間に、島崎ろでぃーさんが撮ってくださっていました。
                      http://shimazakirody.com/journal/1506

                       
                      | 日記 | 14:52 | comments(0) | - |
                      『少年時代 安野光雅の世界』展を観てきました
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                        わけあって大阪に来ております。

                        東大阪市民美術センターで開かれている安野光雅さんの展覧会『少年時代』を観てきました。素晴らしい展示で、なんだか胸がじわりとしました。

                        近刊の「少年時代」をはじめ、「昔の子どもたち」「ついきのうのこと」「木のぼりの詩」の原画が、安野さん直筆の文章とともに展示されていました。安野さんのこども時代、昭和の風景、遊びかた。故郷 津和野を描いた「旅の絵本VIII」の原画を含め、不思議な郷愁とあたたかさがそこにありました。

                        ああ、なんか、ここで、この大阪の旅路で観れてよかったです。しみじみしちゃいました。

                        花園ラグビー場のすぐそばにある東大阪市民美術センター。公園も広く、とっても気持ちの良い場所。展示は今月30日まで。行ける方はとにかくおすすめです。



                        ◆特別展「少年時代 安野光雅の世界」展
                        期間:平成27年7月18日(土)〜 8月30日(日)

                        東大阪市民美術センター
                        大阪府東大阪市吉田6丁目7番22号

                        http://higashiosaka-art.org/index.html

                         
                        | 日記 | 18:32 | comments(0) | - |
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