MAMEBOOKS blog

 こんにちは。2010年から「移動式古本屋」として活動しています。
 じぶんが読んだ好きな本だけ並べて話して売っています。
 詳しくは↓で。
 http://mamebooks0115.jugem.jp/?eid=369
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    長田弘さんの語る「歌」
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      爐呂犬瓩鵬里あり、いつも歌を聴いてきた。

       歌を聴く。それは耳を澄ますということだ。耳を澄まして、歌に聴き入る。そうして、いつも歌のなかに静けさを見つけて、ふしぎな悦びを覚える。

       いい歌がくれるいい時間のなかには、もっとも親しいじぶんだけの時間があり、そこには純粋な静けさがきっとある。たとえどんなに賑やかな歌だろうと、騒がしい歌だろうと、いい歌はかならず、その中心に静けさをひそめている。

       歌を聴いていると、周囲がすーっと鎮まって、静かな時間が歌のまわりにあつまってくる。歌を聴くのは、いつでも真夜中だ。一日の終わったあとの最後の時間に、こころをひらいて聴く。真夜中に歌を聴くというのが、もうずっとながいあいだの変わらない習慣で、そうして歌を聴いて、静けさに聴き入るということが、いつか毎日の癖になった。

       真夜中の歌は、うたうための歌ではない。どこまでも聴くための歌だ。もちろんヘッドホンで聴く。だが、できれば、可能なかぎり音量をしぼって、微かな音に耳かたむけるほうがいい。歌はただ歌であるというだけでなく、歌がくれる「何か」なのだ。その「何か」を聴きたくて、真夜中に歌を聴く。いつでもどこでも聴ける歌というのとはちがう。真夜中に聴いてきたのは、むしろ世にあまり知られない歌、知られなかった歌だった。

       けれども、知られない歌、知られなかった歌といっても、かならずしも忘れられてしまった歌というのではない。たとえ誰もが知っている、よくよく親しい歌というのでなくとも、じぶんにとっては、その歌でなければならないというのが、歌のもつ慕わしい秘密だ。歌は、本質的にそうなのだ。歌の魅惑は、ほかのどんな歌でもなく、その歌でなければならないという、ただそれだけに懸かっている。

       その歌といえる歌を、じぶんのなかにどれだけもっているかで、こころの要領はちがってくるのだと思う。じぶんにとってその歌といえる歌には、歌そのものだけでなく、その歌をめぐるあらゆる記憶が、いっぱいに詰まっているからだ。歌はいわば人生のフロッピーのようなもので、その歌を聴くと、記憶のなかの光景がこころの画面にあざやかにあらわれる。




      牴里呂匹海砲△襪。遺された友人との会話のなかに、ジム・クロウチの答えがのこっている。

       歌は、南部の小さな町のカフェにある。

       ニューヨークの公衆電話のブースにある。

       でっかいステアリングホイールを握る長距離トラック・ドライヴァーの日々にある。

       歌は、ハイウェイを下りたところにある。

       バックミラーのなかに人生の景色が見えるところにある。

       田舎の日曜の朝の時間のなかにある。

       歌は、ひとが生涯、持ち歩くもののなかにある。


      - 長田弘『アメリカの心のうた』より





      『アメリカの心のうた』について、以前こちらに書きました。
      http://mamebooks0115.jugem.jp/?eid=575

      | 今日の言葉たち | 13:15 | comments(0) | - |
      「Have a nice story」
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        ぼくが生まれる4ヶ月前。1980年の晶文社。
        流れ流れて出逢えました。

        ああ、いい気持ち、いい文章。
        | 今日の言葉たち | 18:37 | comments(0) | - |
        「公共性があってエクスクルーシヴ」
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          「公共性があってエクスクルーシヴ」



          スパイラルの魅力について語る皆川明さんの言葉からですが、はっとしてぐっときました。

          今年6月からスパイラル社が運営を請け持っている「象の鼻テラス」に継続的に関わらせていただいているなかで、「公共性」という言葉/意識はぼくが何度か考えてきたキーワードでした。

          広く開かれた場所であるのに、そこでしか味わえないことがある。
          広く開かれた場所だからこそ、そこで生まれる出逢いがある。
          そして、その「広く開かれた場所」にわたしたちはどんな姿勢で出てゆくべきか。




          ミナ ペルホネン20周年×スパイラル30周年記念
          ミナ ペルホネン展覧会「ミナカケル」スペシャルトーク

          2015年5月20日(火)〜6月7日(日)の期間、スパイラルガーデンで開催したミナ ペルホネン展覧会「ミナカケル」にあたり、デザイナーの皆川明がブランドのこれまでとこれからを語ります。

          出演:皆川明(ミナ ペルホネンデザイナー)/小林裕幸(スパイラル館長)



          | 今日の言葉たち | 00:05 | comments(0) | - |
          ライアン・マッギンレーより、若き写真家たちへ贈る言葉。
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            猖佑らのアドバイスはこうです。何か没頭できるものを見つけて、それにこだわること。誰かと張り合ったりせず、自分らしさを見つけること。

            (略)

            自分がやりたいことを実行するための方法を探し、見つけること。自分がやりたいことを突き止めて、それを実行すること。自分がやりたいことについて、長い時間をかけてダラダラ話すことは厳禁です。それよりもまず、やること。磨きをかけ、出来るだけたくさん取り組むこと。時には違った方法でも試すこと。次のレベルに到達するまで諦めずに続けること。間違っても、途中で止めようと考えないこと。歩みを止めずに進み続けること。


            ぐっときました。
            訳はVICE webから。

            ▼ライアン・マッギンレーより、若き写真家たちへ贈る言葉。
            http://jp.vice.com/art/ryan-mcginley-speach


             
            | 今日の言葉たち | 13:49 | comments(0) | - |
            きょうの言葉たち|自分の感受性くらい(茨木のり子)
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              この夏は、揺れました。

              ぼくらには元々、言葉にならないことがあります。言葉は記号で、胸に生まれた気持ちや想いを、ぼくらは無意識や意識的に、とある言葉に当てはめてるのです。だけど本当は、想いは、いつもそれ自体初めて生まれることも多いのではないでしょうか。

              言葉にならない「こと」があります。だけれどぼくらは、言葉に救われてもいます。

              言葉はときどき手紙のようです。場所や時代を超えて、言葉が寄り添うときがあり、突き刺さってくるときがあります。「詩は友人を数える方法」、かつて、あのひとはそう書いていました。

              この夏、ぼくは、揺れました。

              社会では日々いろんなことが起きてゆきます。安保法案、原発再稼働、エンブレム、デモ…。

              平和について、これまで以上に想いを馳せる夏でした。その間にも、決して忘れられない、見えざる恐怖があります。放射能、被曝。地震、噴火。選択もある。買うもの、買わないもの。選ぶもの、選ばないもの。

              もっと個人の怖れもあります。財布の中身、やりたい生活、夢、住む場所、やる仕事、いまの足場、今日の晩ご飯。失ったひと、出逢ってゆくひと。

              もしもぼくらが、じぶんのいまのいまだけを見て生きるなら、社会性はどれほど必要でしょうか。社会に目を向けて生きていくことは、ぼくらのいまをどれほど救うのでしょうか。

              新聞やテレビに距離を置くぼくにさえ、情報は日々入ってきます。その海に、自ら身を置いているのか、巻き込まれているのか、よくわからなくなることがあります。そしてそのなかで、「わからない」のまま立ち止まること自体、難しく感じることもぼくにはあります。言葉にならない。そんな「静けさ」が、ときどきはぼくらに必要ではないでしょうか。

              生きているということは、社会と関わっていることです。

              究極的にいえば、ぼくは、ひとは自らの幸福のなかを歩いていけばいいと思っています。そこに個人の答えがある。そこに社会の答えもある。

              だけれども。だからこそ。

              感受性とは、感じ取ること。入ってくるものをどう捉え受け容れるか。入ってくることをコントロールすることは、易しそうで難しくもあります。入ってきたものをコントロールすることも、易しそうで難しくもあります。

              ぼくはこの夏、揺れました。

              平和を想い、祈りの歌を聴き、決意の言葉を聞き、言葉にならず、何度も涙を流しました。そこではまだ、生まれる気持ちに言葉はなかったのです。当てはめるべき、記号がなかった。新たな土地のにおいに触れ、じぶんの生き方を想いました。

              生きているということは、社会と関わっていること。

              入ってくるものはゼロにはできません。ぼくはそれを望んでもいません。入ってきたものを、すべて忘れられはしません。すべてに向き合うこともできません。

              ぼくはこの夏、揺れました。そして何度も、過去に呼びかけられたのです。

              旅の最後に古書店へ入りました。床に山積みの本たちは、長らく訪問もなく、それぞれ息が途絶えそうでした。諦めて帰る入り口のそば、静かに佇む一冊がありました。

              ぼくらはくりかえして生きています。アホやから。思って、忘れて、忘れて、生きてる。でもこれで、しばらくまた、思って、ぼくはいけそうです。

              母なる奇蹟にありがとう。
              ぼくの胸走る一節はこうです。


              自分の感受性くらい
              自分で守れ
              ばかものよ



               

              | 今日の言葉たち | 18:41 | comments(0) | - |
              きょうの言葉たち|はじめての町(茨木のり子)
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                大阪に行ってきました。

                三週間前までただの記号みたいな地名だったこの場所に、いまでは風景や路地やにおい、会話やざらつきがついてくるようになりました。

                いつか帰る場所が、ぼくには確かにあったんです。
                育てたり、守られたりしてたんですた、壊したり壊されたり、離れたりして、いつしかぼんやりしていました。

                知らない町に行くのは楽しい。
                知らない町で過ごすのは侘しい。
                侘しいと楽しいはぼくらの醍醐味。

                いつかあの人がぽろっと言いました。
                「みねおさん、旅人はね、執着しないんだよ」

                だんだんだんだんわかってきたなあ。
                少しは身軽になってきたよ。

                袋井、福岡、糸島、長崎、大阪、八尾、東大阪、御影。
                今年はたくさん「はじめての町」を見ています。

                そうしていつも、ぼくはこの詩を思い出すのです。

                さあ、次はいつどこへ行こう。
















                はじめての町に入ってゆくとき
                わたしの心はかすかにときめく
                そば屋があって
                寿司屋があって
                デニムのズボンがぶらさがり
                砂ぼこりがあって
                自転車がのりすてられてあって
                変わりばえしない町
                それでもわたしは十分ときめく

                見なれぬ山が迫っていて
                見なれぬ川が流れていて
                いくつかの伝説が眠っている
                わたしはすぐに見つけてしまう
                その町のほくろを
                その町の秘密を
                その町の悲鳴を

                はじめての町に入ってゆくとき
                わたしはポケットに手を入れて
                風来坊のように歩く
                たとえ用事でやってきてもさ
                お天気の日なら
                町の空には
                きれいないろの淡い風船が漂う
                その町の人たちは気づかないけれど
                はじめてやってきたわたしにはよく見える

                なぜって あれは
                その町に生まれ その町に育ち けれど
                遠くで死ななければならなかった者たちの
                魂なのだ
                そそくさと流れていったのは
                遠くに嫁いだ女のひとりが
                ふるさとをなつかしむあまり
                遊びにやってきたのだ
                魂だけで うかうかと

                そうしてわたしは好きになる
                日本のささやかな町たちを
                水のきれいな町 ちゃちな町
                とろろ汁のおいしい町 がんこな町
                雪深い町 菜の花にかこまれた町
                目をつりあげた町 海のみえる町
                男どものいばる町 女たちのはりきる町

                - 茨木のり子「はじめての町」


                 

                | 今日の言葉たち | 17:22 | comments(0) | - |
                きょうの言葉たち|天災と人災はどこが違うか?(池澤夏樹さん)
                0
                  天災と人災はどこが違うか? 話が通じる相手か否かというところだ。津波を説得して来ないようにしてもらうことはできない。しかし原発を作って運転してきた人たちに「もうそういう危ないものは作らないでいただきたい」と言うことはできる。言葉が通じるのが人間だ。

                  - 池澤夏樹



                  ◆『特別授業3.11 君たちはどう生きるか』から
                  http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309616728/



                   
                  | 今日の言葉たち | 00:18 | comments(0) | - |
                  きょうの言葉たち|「文学」というものは、何だろうか。(高橋源一郎さん)
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                    「文学」というものは、何だろうか。といっても、別に難しいことはないんです。それは、「複雑なものを複雑なままで理解しようとする試み」である。
                    それから、もう一つ、
                    「最初から最後まで、その対象と共感しようとする試み」である、ということなんです。

                    - 高橋源一郎



                    ◆『街場の憂国会議』から
                    http://www.shobunsha.co.jp/?p=3121



                     
                    | 今日の言葉たち | 23:20 | comments(0) | - |
                    きょうの言葉たち|某教材から
                    0
                      《人間をどのように理解するのかは大変難しいことである。人間の心にはまだまだ説明できないことが多いようである。》

                      《何事もそうであるが、あせらずゆっくりと学んでいってほしい。》

                      《あきらめずに、時には休憩をはさみながらも、前に進み、自己理解と他者理解を深めていってほしい。》




                      《私達はふだんから何気なくあるいは一生懸命に「自分の心」や「相手の心」について考えてきているだろう。しかし、何がわかるのだろうか。あるいは何がわからないのだろうか。》

                      《インドでは、大乗仏教の一派である唯識派の考えがあった。唯識派は、「心のみがある(唯識無境)」と考え、人間の心は、視、聴、嗅、味、触の5つの感を五識といい、表象、記憶、思考、想像などの意識作用を意識、先天的な自己意識(我執)を未那識(まなしき)、これらの諸識の根底にある統一的な根本識や、生命にあたるものを阿頼那識(あらやしき)といい、これら8つの識からなる、と考えた。》

                      《中国では、紀元前3世紀頃、「気」の観念が形成されたといわれる。「気」は人間だけでなく、宇宙全体を支配するエネルギーであり、人間の体の内外を通過し巡っていると考えられている。》

                       
                      | 今日の言葉たち | 20:22 | comments(0) | - |
                      ひとを知るということ|『種をまく人』から、アミールさんのおはなし
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                        インドにも、アメリカとおなじような巨大都市がいくらもあります。自分は何百万人のなかのひとり、という点でも、アメリカと変わらないでしょう。しかし、インドでは、すくなくとも近所の人のことは、よく知っていますからね。

                        クリーヴランドは移民の町ですが、もっとも多いのがポーランドからの移民でしょう。それまで聞いていたところでは、ポーランドの男は荒っぽい鉄鋼労働者、女はキャベツばかり料理する、ということでした。畑をつくるまで、わたしは個人的にポーランド人と話したことがありませんでした。

                        たまたま、隣の畑の婦人がポーランドからの移民でね。この人はとても年を取っていました。七丁も離れたところから来ていて、その道はわたしも行き帰りに使う道でしたから、彼女とわたしはよく話をするようになりました。

                        彼女もニンジンを植えていました。芽がいっせいに出てきたとき、彼女がさっぱり間引きをしないのが、わたしは気になりましてね。ニンジンは、芽が出たら、強そうな芽を一本残して、ほかのは全部抜きます。苗と苗の間隔を空けないと、いいのが育たないからです。

                        そのことを言うと、彼女は畝を見下ろしてこう答えました。

                        「わかってるわ。でもね、そうしようとすると、どうしても強制収容所を思い出してしまうの。あそこに入れられていたとき、毎朝、集められて、二列に並ばされたの。じょうぶな者と、そうでない者に分けられて。弱い者は死ななくてはならなかったのよ」

                        彼女の父親は、オーケストラのヴァイオリニストでしたが、ドイツに楯突くようなことを言ったために、家族全員捕らえられ、収容所送りになった、そう彼女は話してくれました。

                        それを聞いて、わたしはつくづく思いました。ポーランド人はこうだ、という噂なんぞ、いいかげんなものだったな、と。

                        本当のポーランド人は、そういう噂の後ろに隠れているのです。

                        (一部抜粋)



                        『種をまく人/SEEDFOLKS』
                        ポール・フライシュマン 著/片岡しのぶ 訳

                          
                        | 今日の言葉たち | 12:54 | comments(0) | - |
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