MAMEBOOKS blog

 こんにちは。2010年から「移動式古本屋」として活動しています。
 じぶんが読んだ好きな本だけ並べて話して売っています。
 詳しくは↓で。
 http://mamebooks0115.jugem.jp/?eid=369
スポンサーサイト
0

    一定期間更新がないため広告を表示しています

    | - | | - | - |
    映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』(2015)
    0


      三上智恵さんの映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』を観てきました。

      横浜 黄金町のミニシアター、シネマジャック&ベティで8月14日まで上映しています。ぼくの友だちには絶対観てほしいなと思う作品です。

      沖縄の基地問題、特に辺野古で起こっていることを記録した作品。

      ここには、できれば知りたくない事実が映されています。ここには、知らずにいた方が毎日をのほほんと過ごせることが映されています。だからこそ、この映画を観る時間を作ることをおすすめします。129分です。

      知ろうとしてこなかったことはありませんか?
      知っていたのに見て見ないふりをしてきたことはありませんか?

      ぼくには、あります。

      原発のこと、日米安保のこと、思いやり予算のこと、自衛隊のこと。そして、この国にある基地のこと。ぼくには、知ろうとしてこなかった部分があります。ぼくには、知っていたのに目をつぶっていたことがあります。それは、2011年3月11日からの日々で、ときに「後悔」を伴ってぼくに迫ってくるものでもありました。つまり、「あの時にもっと知ろうとしておけば…」「あの時にもっと真剣に向き合っていれば…」というものです。

      世界で起こる不正のすべてに目を向けることは難しいです。ぼくらの体はひとつだからです。けれど、この、沖縄の問題は現にぼくらの国で起きていることです。歴史の話ではありません。いま、このいまも、現在進行形で起きていることなのです。

      知ってどう思うかは、ひとそれぞれ。見てどう思うかは、ひとそれぞれ。でも、「知る必要」はあるように思います。

      『圧殺の海』を観たときにも同じことを思いましたが、沖縄に行って現場を見れればいいと思います。けれど、みんながみんなはそれを出来ないでしょう。だからこそ、ペンがあり、カメラがあるのだと思います。

      映画のなかで、はっとする言葉がありました。それは、「沖縄は植民地にされている」という言葉でした。沖縄は日本の植民地でしょうか?沖縄はアメリカの植民地でしょうか? ぼくは胸が詰まる思いでした。

      映画を観て、たくさんたくさん感じることがありました。この問題は、いまを生きている者として、目を背けてはいけないことだとぼくは思います。

      映画『戦場ぬ止み(いくさばぬとぅどぅみ)』。友だちには観てほしいです。ぼくの親にも観てほしいです。これを読んでくださったあなたには、ぜひ観てほしい作品です。




      ▼シネマジャック&ベティにて、
      ・7月25日(土)〜7月31日(金) 17:05〜19:15
      ・8月01日(土)〜8月07日(金) 18:35〜20:45
      ・8月08日(土)〜8月14日(金) 11:55〜14:10
      ※7/27 にHPを見て書いています。変更がないか、ご確認ください

      ▽横浜市中区若葉町3-51
      ・京浜急行線 黄金町駅下車 徒歩5分
      ・横浜市営地下鉄 阪東橋駅下車 徒歩7分
      ・JR線 関内駅北口下車 徒歩15分

      http://www.jackandbetty.net/cinema/detail/678/





      | 日記 | 20:19 | comments(0) | - |
      ECDさん(SEALDs_ECD_戦争法案に反対する抗議行動 2015/07/17_国会前)
      0
        なぜか、見ていて、なみだ、でました。

        いのちをまもれ
        こどもをまもれ

        父親でもあるECDさん、必死のシャウト。
        胸をうたれました。
        デモには距離を感じている方も、ぜひ観てほしいです。

        全身全霊で、意思を示している。
        ぼくはそう感じました。



         
        | 日記 | 18:20 | comments(0) | - |
        「いつもフレッシュ」 荏開津広さんのこと
        0
          ぼくが本に、というか、人が書いたものに夢中になったきっかけのひとつが、音楽雑誌です。音楽の向こうに人がいること、文化があること、文脈があること、歴史があること。音楽の作り手はなにを考えているのか。それらを、音楽雑誌を通して知りました。それらを知ることで、音楽を聴くことが、より豊かになるような感覚をおぼえました。

          音楽雑誌をたくさん読んだ10代〜20代の頃。なかでも好きだった書き手が、田中宗一郎さん、野田努さん、そして荏開津広さんでした。彼らが作った雑誌を買い、雑誌のなかで彼らの記事を見つけては読んでいました。音楽という広い海のなかで、聴き方や意味、繋がりを教えてくれる先生たちでした。

          歳を重ねるにつれ、音楽雑誌を読むことが減りました。自分の音楽との付き合い方も変わり、また、ウェブ上でたくさんの媒体や意見に触れられるようになったこともあるでしょう。けれど、今だに名前を見つけると読むのが楽しみな書き手さんがいます。それが荏開津広さんです。

          荏開津さんの文章を読むには、ある種の知識や知恵が必要だなと思います。それは、わかりやすいものではないかもしれませんが、歴史や文化と意義とが絡められたその文章を読むことが、いつでもぼくには「まなび」であり、その音楽の「新しい意味」や「新しい聴き方」を提示してくれました。

          ある音楽の、「新しい聴き方」や「新しい意味」を教えてくれる。それまでと違った聴こえ方がしてくる。それって、まさに、「DJ」の役割だなと思います。ぼくにとっては、いつでもフレッシュなDJのような書き手、それが荏開津広さんです。

          荏開津さんの単独の著作や、これまでに各媒体に書かれた文章を纏めたアンソロジー的な本を、いつか手にしてみたいなと、ずっと思っています。

          http://www.twitter.com/egaonehandclapp/



           
          | 日記 | 17:57 | comments(2) | - |
          長田弘さんへ
          0
            ありがとうございました。
            手を合わせます。

            ‘ わたしたちをつつみこんでいる現実世界がどんなに強大であり堅牢にみえようとも、わたしたちは、身ひとつの矮小な現実を生きながら、その内部においてはこの世界とがっぷり四ツに組んで生きているのだ。そしてわたしは、その力わざをささえている筋肉の一本一本の、微妙な生き生きとしたふるえるひとつひとつのちいさなうごきや、そのうえをつたって流れる汗のつぶつぶや光りまでもが鮮明にみえてくる、そんな詩が書きたいのである。詩は、全体が部分に凝縮し、部分がただちに全体にひろがってゆく、いわば感情の視えない火線を絶えずわたしたちの孤独のなかにつくりだす。そしてそのとき、わたしたちはじぶんの孤独から立ち上って、この感情の火線において、眼をみかわすのではなく一緒に同じ方向をみつめながら、初めてたがいを真近かに感じ、認めあうのだ。

             そうでなければ、わたしたちにとって「詩それ自体」などというものが、いったいどれだけの意味をもつというのだろうか。感動させる詩なんて、わたしたちには無縁だ。なぜなら、一篇の詩はつねに十全な実在ではあることができないのだから。表現されたものはそれよりもおおくの表現されなかったものを、饒舌はそれよりもおおくの沈黙を、つねに指ししめす。’


            −「未来の記憶」(1976)|現代詩文庫13『長田弘詩集』よりー




            ◆評論や児童文学など、幅広いジャンルで活躍した、詩人の長田弘(おさだ・ひろし)さんが3日午後3時25分、胆管がんのため東京都杉並区の自宅で死去した。75歳。
            http://www.47news.jp/CN/201505/CN2015051001000827.html

            | 日記 | 18:20 | comments(0) | - |
            『花びより』(山と渓谷社)
            0


              おとなになっても憶えている花の名前の種類が一向に増えないぼくは、最近、花の本を色々と見ています。ぼくのような初心者にいいなと思ったのがこの本。183種の野の花が、早春 春 初夏 夏 秋 冬と季節ごとに掲載されています。花の写真と名前、撮影場所だけ、という潔さ。季節ごとに分けられているので、道で気になる花に出逢ったら、家に帰ってこの本の該当季節をめくる、そんなかんじで楽しんでいます。山と渓谷社からの一冊なので、写真もとてもきれいです。最近のお気に入りの一冊。

              花を見たり愛でることが、「こころのビタミン」になるという発想。いいですね。
              | 日記 | 17:25 | comments(0) | - |
              余の辞書で「イル」と引けばあなたが出てきます - デヴラージさんが教えてくれたことをまじめに考えてみました
              0


                雑なんですが、今しか書けないだろうという気持ちがあって、書きます。
                じっくりまとめたいところですが、気持ちのまま、トントンと箇条書きする形を取りました。

                「R.I.P」という言葉はぼくには気持ちが乗せられないので、手を合わせ、天を見ながら。


                ◆「デヴラージさん」

                ・「D.L」と言うべきなんでしょうけど、やっぱりぼくにとっては「デヴラージ」ですから、そう書きます


                ◆ぼくという「世代」について

                ・1981年生まれのぼくは、ヒップホップ黄金期と言われる1994年には13歳ですから、リアルタイムの体験ではありません
                ・高校生で聴いていたのはハイスタンダードとメロコア、電気グルーヴとテクノでした
                ・ビースティボーイズを知ってはいましたが、ハードコアやバンクの流れでした
                ・スーパーステューピッドとコラボしていた流れでキングギドラも知ってはいました
                ・さんぴんキャンプ(1996)にも行っていません
                ・とゆうか知らなかったです
                ・US「ヒップホップ」で知っていたのはRUN DMC「Walk this way」とか
                ・「今夜はブギーバック」(1994)や「DA.YO.NE」(1994)はリアルタイムで体験しました
                ・そういう世代です
                ・ちなみに同い年はサイプレス上野くん、ミスターメロディー(いしかわてつや)です
                ・ちょっと話がそれますが、ぼくより上の世代はUSアーティストに影響されてラップやトラックメイクを始めたと思われますが、ぼくの世代くらいからは、日本人に影響されて始める人が出てきます
                ・Fragmentのふたりとかも、それを公言していますね
                ・1999年から4年通ったフジロックで、エルドラドオールスターズ(2000)、シンゴ2、ブルーハーブは生で観てます
                ・でも、ランDMCよりもケミカルブラザースに走る、そんなかんじです
                ・20歳過ぎには『FRONT』なんかを見て、学び、楽しみます
                ・そっからメリージョイを聴いたりします


                ◆ブッダブランド

                ・高校生か大学生の時に友だちの家でレコードを聴かせてもらったのが最初です
                ・友だちはブッダの他に、ソウルスクリーム、バイファーザドーペスト、ライムスター、2パックなんかも聴かせてくれた覚えがあります


                ◆デヴラージさんから教わったもの

                ・結論から言えば、「ファンク」「イル」という言葉や態度、つまり言動、その意味と生き方です
                ・そして、これが最も大きなものですが、「他人と違っていいんだ。むしろ違うことを誇りに思え」という生き方
                ・あるいは、「どれだけ他人と違うかを、オマエは胸張ってアピール出来るか?」ということ

                ・想像(というか妄想)でしかないですが、デヴラージさんはパーラメント/Pファンクとかから、言動としての「ファンク」を学びとったんじゃないかと
                ・音楽性だけじゃなくて、ファッションや立ち居振舞いも含めて

                ・「自分がどれだけ他人と違うか」ということを、恥じたり隠したりするのではなく、むしろ「どーだ!どーよ?」と見せつける文化というかレースのようなものがあって
                ・ブレイクダンスのバトルでもMCバトルでもいいのですが、ヒップホップにはその要素が濃いと思います
                ・スプレーアートのバトルも同様で、「真似できない」ものが、イコール「ヤバイ(かっこいい)」という価値観
                ・そしてそれを競い合い、楽しむ
                ・それこそが「ヒップホップである」とも思います

                ・デヴラージさんは、それを意識的に、かなり前のめりで表現されていたかと
                ・それこそ「異ノーマル」「ズル剥け」「イル」というワードしかり
                ・スペシャルな感覚を持ったファッションしかり
                ・前提として、当時のぼくは『Boon』とか読んでいましたから、なにしろ免疫がなかったわけで
                ・それこそ「ストレート」というか「スクエア」というか
                ・初めてデヴラージさんの服装を見た時、「うわー、すっげーダセー」と思ったわけで
                ・「なんでこの人がこの服を選んでるのか全然ワカラナイ」というか
                ・それがカッコいいのかどうなのか判断する物差しを、自分はまったく持ち合わせていないというか
                ・まさに「黒船」に乗って「違う惑星からきた人」なかんじ
                ・今は「すげーかっけー」と思っています
                ・自分には到底できないわけで
                ・とゆうか誰にもできないわけで

                ・「他人と違う(人と同じ、じゃない)ことを『どーよ!』と見せれる」ことの「強さ」について考えたことはありますか?
                ・恥じらいやコンプレックス、前に道がないこと、孤独や仲間はずれ、そういうものを「超えて」そこにいるわけで
                ・つまり、「イルな風貌のこの俺」が「イルでいる秘訣知ってる」ってのは相当タフなわけで


                ◆まとめようとします

                ・余の辞書で「イル」と引いてみれば、デヴラージさんが出てきます
                ・「ファンク」や「黒さ」ということで引いてみても、あなたが出てきます

                ・それから、「吠える」
                ・この語を引いてみれば、ギンズバーグよりも先に、「ラップするデヴラージ」というものが出てきます

                ・ぼくが生きてきたなか、つまり、見て聴いて行ってきたなかで積み上げられた人生観や概念、イコール「ぼくの辞書」なわけですが
                ・そこにあなたは数単語遺していかれました
                ・それは、まぎれもない「影響」です
                ・デヴラージさん、ぼくはあなたに影響されました
                ・ありがとうございます
                ・としか言いようがありません
                ・すごく大事な価値観を見せてもらったんだと、今にして改めて思います

                ・それは、ある日「cool」が「かっこいい」という意味になったように、ぼくにとっては一大事なことです
                ・新たな概念、価値観が植え付けられたんです

                ・「サイテー」が「最高」であるとか、
                ・「MAD」が「かっこいい」とか、
                ・「クソ」が「超」とか、
                ・そういうことをぼくはヒップホップから学んだと思っていますが、今振り返ればその道のはじまりにはあなたがいました

                ・考えてみれば、「イルマティック」というのはNasの概念なわけですが、
                ・Nasの「イルマティック」とブッダの「イルマティック」ではだいぶ印象が違いますよね
                ・ぼくにはやっぱりブッダの「イルマティック」が濃いです

                ・いろいろ書きましたが、純粋に「音楽」としてめちゃくちゃかっこいいです
                ・「人間発電所」「ブッダの休日」「DON'T TEST DA MASTER」は、ぼくにとってクラシックであり続けます

                ・もう一度
                ・「自分が他人と違うことを胸張って『どーよ!』と言えること」は、ギラギラ輝いて見えること
                ・それをあなたに教えてもらいました
                ・だからぼくは、生きます
                ・発電して、放電して

                ・どうか、安らかに、ゆっくり休めますように
                ・ありがとうございました

                 
                ◆余談

                ・余談ですが、陣野俊史さんが2003年の著作『ヒップホップジャパン』のなかでNIPPSを取り上げて書いていましたが、なぜかデヴラージさんのリリックを引いてきたりしていて、以来この作家への興味がまったくなくなりました
                ・つまり、「ちゃんと聴いてるの?」と
                 
                 





                DEV LARGE
                1969.11/24 - 2015.5/4

                ※この写真はcherry chill willさんによるものだそうです。いい写真ですね。Jディラを思い出してしまいました












                | 日記 | 00:41 | comments(0) | - |
                【読了】『住む場所を選べば、生き方が変わる - 葉山からはじまるシフトチェンジ』清野由美 著
                0
                  朝日新聞デジタルに掲載されていた連載に歴史などの背景が足された1冊。‘葉山文化圏’にある(あった)個人店店主の言葉からこの地で実践される生き方を追った本書は、日本版‘ヒップな生活革命’的でもあり、‘311以降’のドキュメントでもある。

                  ぼくもよく知っているDAYS386やビーチマフィン、シネマアミーゴ、さらには永井宏さんのお話も登場します。



                  ※現在、朝日新聞デジタルでは鎌倉編「鎌倉から、ものがたり。 」が連載中です。
                  http://www.asahi.com/and_w/kamakura_list.html

                  | 日記 | 19:11 | comments(0) | - |
                  花と母
                  0
                    実家には小さな庭があって、桜や梅、柿、椿、鬼灯や紫陽花などたくさんの草木がありました。まだ小さかった頃、季節が変わるたびに母がよく嬉しそうに言ってきたことをおぼえています。「ほら、きてごらん。この花、なにか分かる? いいにおいだから、かいでごらん」。当時ぼくは花に興味が湧かず、そのほとんどを適当に聞き流していました。

                    草花に詳しかった母を見て育ったため、「大人(特に女性)は花の名前に詳しい」という見事に勝手な思い込みができていきました。植物に関する自分の知識がいっこうに増えていかないのに気づいたのは、自分が大人になってだいぶ経ってからのことでした。

                    そんなぼくでも、歳を重ね、街を歩くときに、空や草木に自然と目がいくようになってきました。ミモザ、雪柳、百日紅…。ぼくの花の知識もほんの少しですが増えてきました。花の名前をおぼえると、嬉しいことが増えました。季節が変わってゆくごとに、その季節に咲く花に会える楽しみが出来たのです。

                    梅のあとにコブシ、木蓮、桜がきて、そのあとにツツジ、そして紫陽花。そうしたらもう梅雨がきます。花の名前をおぼえると、季節をリレーするように咲くそれぞれの花に会えることが、とても楽しみになりました。それはまるで、一年に一度だけ会える友をたくさん持っているような気分に似ているのです。

                    けれどぼくは、「一年に一度会える友だちのような」花の名前を、まだたくさん知りません。だから、歳を追うごとに‘花の名前をおぼえていきたい’という思いが増すのです。今年こそ、図鑑を買おう。そして、できるだけ母さんと散歩にでかけよう。今度は、ぼくがたくさん質問をする番だから。いま、そう、思うのです。
                    | 日記 | 20:14 | comments(0) | - |
                    今日の読書:有山達也『装幀のなかの絵』
                    0
                      その人のことは、色んな紙媒体のクレジット欄にてよくお見かけし、もちろん知っていました。『クウネル』『雲のうえ』『つるとはな』など、好きなことをする方でした。その週にぼくは、ふと、その人だけの本はないものかと、調べていたところでした(ぼくの本との出逢いは本当に気まぐれですね。恥ずかしいばかりです)。

                      久々に会った友だちと飲みに行った三ちゃん食堂で、彼の鞄から出てきたのが、まさに、‘その本’ でした。そういうことって、あるんですね(ええ、あるんです)。イベント屋さんのその彼とは、企画や文章やウェブの出し方で、これまで幾度もやり取りがありました。(だいたいお酒を片手にしながら)彼が何度かぼくに言ったことがあります。「峰尾くん、ケンカしながらやろう」。彼の好きな進め方です。ぶつかって、見せて、見て、突っぱねて、突き返して、知って、解る。解ってもらおうとして、解ろうとする(根っこの根っこの一番大事なことは、「信じる」ということだと思っています)。

                      『クウネル』誕生時の逸話が記された104ページから始まる「涙と不器用と」(と、岡戸さんによる返答のようなあとがき)を読んだとき、ぼくは、友だちのこの言葉を思い出して、にんまりとしてしまいました。

                      さて、これは次は誰に渡しましょうかね。



                      有山達也『装幀のなかの絵』
                      四月と十月文庫 / 港の人
                      2011年12月2日 発行
                      | 日記 | 22:35 | comments(0) | - |
                      誰かを思いながら本を読むこと
                      0
                        好きな本を人にあげるということが、どんどん好きになっています。
                        最近は、本を読んでいる最中にも、「これは誰が好きそうなかな?」なんて考え出すようになりました。
                        (そして、読み終わって実際に手紙とともに贈りつけるケースも急増中です。。。笑)

                        本を読む楽しみがまたひとつ増えました。
                        | 日記 | 22:31 | comments(0) | - |
                        PROFILE
                        MAMEBOOKS
                         
                        MINEO Ryohei
                         
                        MAMEBOOKS とは?
                        これまでのこと
                        これまでに出店させていただいた場所 お店 一覧 → こちら
                        CALENDAR
                        S M T W T F S
                             12
                        3456789
                        10111213141516
                        17181920212223
                        24252627282930
                        << September 2017 >>
                        SELECTED ENTRIES
                        CATEGORIES
                        ARCHIVES
                        RECENT COMMENT
                        LINKS
                        PR
                        RECOMMEND